Operation M.K.I
2016.5.3〜5.5

今回は2016年のGWに訪問した海上自衛隊の「舞鶴基地」と「呉基地」、そして米海兵隊/海上自衛隊の「岩国基地」の様子をリポートします。
西日本に存在する日米の基地を3ヶ所も訪問するという大規模な作戦。そもそもの発端となったのが「岩国航空基地フレンドシップデー」です。
「さーて、今年のGWはどこに遊びに行こうかなー」と考えていた所、5月5日に山口県の岩国基地において「フレンドシップデー」の開催が決定。

岩国基地と言えばやはり「AV-8B ハリアーU」ですよね。新年の目標でも述べましたが
「本物のハリアーを見たい!」というのが今年の目標の1つです。しかし長野県から岩国市までは
約800kmという超遠距離なので半ば諦めていました。しかし冷静になって考えると
ハリアーの後継機であるF-35Bの配備が進めばハリアーは姿を消す事になります。
また近年のアメリカにおける対アジア戦略の転換、更には大統領選挙における
トランプ氏の「私が大統領になった場合、在日米軍の撤退もありうる」発言等により
「ハリアーが見られなくなる日は意外と近いかもしれない・・・」
という危機感を抱く様になり、
「今の内に実機の勇姿を目に焼き付けておかねば!」
と思い一念発起。フレンドシップデーへの参加を決意しました。

で、岩国基地に行く為には西日本を横断する必要があるんですが
「どうせなら途中で舞鶴基地と呉基地も見学したい」と思い日程やルートを設定。
5月2日:移動(往路)

5月3日:舞鶴基地・第23航空隊・舞鶴教育隊・他

5月4日:呉基地・てつのくじら館・大和ミュージアム・原爆ドーム

5月5日:岩国基地フレンドシップデー2016

5月6日:移動(復路)
という自身の作戦遂行能力(時間・体力・資金)を超えてるかもしれない大規模な作戦を決行する事にしました。
どう考えても2016年最大の作戦であります!

なお本作戦を実行するに当たり「何か名前が欲しい」と思い、ベタですが3ヶ所のイニシャル(aizuru、ure、wakuni)から名前を取り
Operation M.K.I (オペレーション ミキ)と命名しました。

それじゃあいくよ? 2016年ゴールデンウィークを使った大規模作戦「Operation M.K.I」 スタートなのーっ!


海上自衛隊 舞鶴基地&教育隊 他
2016.5.3

「Operation M.K.I」の1日目は京都府の舞鶴基地を再訪です。自宅から舞鶴市までは
片道400km以上あるので前日から行動を開始。2日は通常通り仕事だったのでほぼ定時で切り上げ
松屋にて夕食(ごろごろチキンカレー)を食べます。海自イベントと言ったらやっぱりカレーですよね。
その後一時帰宅し入浴、車への必要物資の積み込み、家の戸締りを済ませ20:45頃に自宅を出発。

ちなみに今回の予算ですが現金4万円(現地利用分)、クレジット4万円(ガソリン+高速代)
合計8万円を用意しました。3泊4日の旅行としては高いのか安いのか分からないですね・・・

今回は長期間かつ過密スケジュールなので無駄な工程を省き効率的に動きたかったので高速道路をフル活用。

自宅→岡谷IC→阿智PA(休憩)→小牧JCT→米原JCT→敦賀JCT→三方五湖PA(休憩)→舞鶴東ICというルートです。
2年前の舞鶴訪問の時点で未開通だった「舞鶴若狭自動車道」を今回初めて通りました。出来立ての綺麗な道路でしたが
片側1車線の対面通行なので窮屈感があったのと横風が強くてハンドルを取られ気味だったのが印象的でした。
そんな感じで03:20頃に舞鶴市に到着。ちなみにここまでの走行距離は約420km、高速料金5340円でした

04:00 北吸桟橋に停泊中の護衛艦

夜中に見る護衛艦の姿もまた一風変わった味がありますね。それともう少し夜間撮影の技能を高めたいです。


2年前と同じく赤レンガパークの駐車場に駐車。舞鶴に来るのは2014年7月以来、約2年ぶりの再訪です。

前回は現地滞在時間が短かった(約10時間)のと暑さによる夏バテで十分な現地観光が出来なかったので
今回はじっくり舞鶴市(海上自衛隊関連施設)をチェックしたり、2年間での変化を確かめる事が目的です。


2年という月日を長いと感じるか短いと感じるかは人によりますが、その間に何かしらの変化が起こるのは事実です。
例えばコチラ、北吸桟橋に停泊中の「ひゅうが」です。2015年3月25日から舞鶴に配備されています。

「ひゅうが」の姿を見るのは2012年の観艦式以来ですが、こうして母港に停泊中の姿を見るのは今回が初めてです。
舞鶴という田舎の基地に最新の空母型護衛艦が停泊してる光景に新鮮さを感じます。朝日に照らされる姿が美しい。


新しい艦船が配備され舞鶴基地に新しい風が吹く一方でかつての名艦が静かに引退した場面も。
2015年3月25日に退役したヘリコプター護衛艦「しらね」の主錨です。上述の「ひゅうが」の先輩に当たる艦です。

空母型ではない通常の護衛艦型の船体でありながらヘリコプターを3機も搭載出来るという特徴から
8艦6機体制(護衛艦8隻とヘリコプター6機で護衛艦隊を形成)の中核として活躍した名艦でした。
就役したのが1980年3月なので35年間、日本防衛の任務に就いていました。お疲れ様でした。

退役した後の経歴としては航空自衛隊の新型空対艦ミサイル「XASM-3」の実験標的艦となる予定。



こうして舞鶴市に来た訳ですがまだ時間が早かったので近辺を散策。
JMUのドックで整備中の「あさぎり」と「うみたか」。 (8:35頃に遊覧船乗り場より撮影)

こうして整備中の護衛艦の姿を見られるのも自衛隊基地&造船所の醍醐味ですね。
「あさぎり」に関しては遠洋航海の為の物資を積み込んでる模様。詳しくは後述。


今回の舞鶴訪問において是非見ておきたかったのが「舞鶴教育隊」です。
海上自衛官として一番最初に入隊し第一歩を踏み出す重要な場所です。

海上自衛官として採用された者は教育隊で約4ヶ月間の基礎訓練を受けた後に部隊へ配属されます。
教育隊は全国に4ヵ所(横須賀、佐世保、舞鶴、呉)あり、それぞれで厳しい教育が行われます。

最近の出来事としては4月12日に「第9期一般曹候補生」及び「第11期自衛官候補生」の
入隊式が行われ合計261名が入隊。立派な自衛官になるべく厳しい訓練に励んでいるみたいです。
(ただし今回は時期的にゴールデンウィークの為、新入隊員は実家に一時帰省してるみたいです。)


新入隊員が生活してる隊舎

今回はGWなので新入隊員は居ませんでしたが、普段ならば若くエネルギッシュな男達が厳しい訓練に励んでる筈です。
0600の起床ラッパと「総員起こし! 隊舎前整列!」という号令と共に階段を駆け下り隊舎前に整列して体操をする姿、
両手に紅白の旗を持って手旗訓練をする姿、教官の理不尽な愛の鞭による腕立て伏せをする姿とか見てみたかったですね。

教育隊に関しては「鬼の舞鶴 地獄の佐世保 楽な横須賀 普通の呉」というネタがありますね。
各教育隊の教育内容(訓練の厳しさ)を比喩したネタですが、実際にはどこの教育隊も大差なく厳しい筈です。
舞鶴と佐世保だけ厳しかったら不公平ですし・・・ このネタの別の意味としては「教育隊における娯楽」とも言われています。
休日ともなれば厳しい訓練から解放された新入隊員達が娯楽と癒しを求めて街に繰り出す訳ですが
舞鶴は田舎なので遊ぶ場所が無い、佐世保は都会だけど教育隊は僻地にあるから結局不便
横須賀は海自の聖地であり都会なので遊ぶ場所は十分、呉は・・・まぁ普通にそこそこ遊べる

みたいな意味もあるとか・・・ 佐世保は行った事が無いので何とも言えませんが何となく納得しました。


教育隊の敷地で見かけた「防衛庁」のブロック

自衛隊が発足したのは1954年7月1日ですが、当時その自衛隊を管轄していたのが「防衛庁」でした。
その後2007年1月9日に「防衛省」に移行し現在に至ります。このブロックは当時の歴史を感じさせる品ですね。

※ついでなので舞鶴教育隊の歴史についても軽く調べてみました。
1939年(昭和14年)  4月  「海軍舞鶴海兵団」として発足
1945年(昭和20年)  8月  敗戦により閉鎖
1946年(昭和21年)  2月  米軍が接収し「陸軍第8工兵学校」として使用
1950年(昭和25年) 12月  「警察予備隊」が駐屯
1952年(昭和27年)  8月  「舞鶴地方隊」新編
               11月  「舞鶴地方総監部」移転 「練習隊」臨時編成
                    「第1期 練習員」(929人) 入隊
               12月  「舞鶴練習隊」新編
1953年(昭和28年)  9月  「初任海曹課程」 教育開始
1955年(昭和30年)  4月  「第1期 少年練習員」(自衛隊生徒) 教育開始
1957年(昭和32年)  5月  「舞鶴教育隊」に改称
1976年(昭和51年)  4月  「第1期 一般海曹候補学生」 教育開始
1991年(平成3年)   4月  「第1期 海曹候補士」 教育開始
2008年(平成20年)  4月  「第1期 一般海曹候補生」 教育開始
2011年(平成23年)  4月  「第1期 自衛官候補生」 教育開始
こうして見ると歴史云々というよりも入隊(卒業)してった「自衛官の入隊区分」の方が気になりますね。

3年契約で入隊・勤務し3年後に退職か継続かを選択する任期制隊員である「練習員」
中学卒業後に入隊し「3等海士」の階級を与えられ「高校生自衛官」として勤務する「自衛隊生徒」
数年後に3曹に昇進する事を前提としたちょっとエリートである「一般曹候補学生」「曹候補士」など
結構な種類があります。もっとも近年ではこれらは統合されよりシンプルに区分なってるみたいです。

これらの中で気になったのが平成23年より始まった「自衛官候補生」という区分。聞き慣れない名前なので調べてみた所、
「教育期間中はあくまで候補生であり階級は与えらない、教育隊卒業時に晴れて2等海士の階級が与えられる」というモノ。
こういった区分が制定された理由としては「教育期間中&部隊配備後に退職する人間が結構多くて問題になっており、
自衛隊のレベルを維持する為と将来的な人材確保の為に、教育期間中は自衛官としての身分を与えない」的な意味だとか。
ほぇ〜、今はそんな風になってるんですね。自分の古い感覚としては「自衛隊入隊=即2士として任命」という認識でした。
自衛隊や民間企業を問わず大規模な組織ほど人事育成には苦労するみたいですね。



こんな感じで舞鶴教育隊を見学した後は徒歩で舞鶴市内を軽く散策しつつ遊覧船乗り場へ向かいます
舞鶴基地における護衛艦見学は北吸桟橋からの見学がベターなんですが、実はもう1つ見学方法があります。
それが今回紹介する「海軍ゆかりの港めぐり遊覧船」という観光船です。観光目的で舞鶴湾を1周します。

護衛艦を海側から見学する・・・ 2年前には気付かなかった見学方法にワクワクします。
ちなみにコチラの観光船の定員数は約90人らしい。排水量は・・・目測で30トンくらい?
「はやぶさ型ミサイル艇」(200トン)を比較対象に予想してみましたがよく分からないですね。


そしてコチラが観光コースの案内図。

「海上自衛隊の施設を中心に回るコース」と「引揚記念館を中心に回るコース」の2種類があります。
現代海自好きな自分は当然「海上自衛隊コース」を選択。料金は¥1000円で約30分間航行します。
通常の運行なら1日3便(11時・12時・13時)ですが、GWという事で臨時便が何本も出てました。


10:45頃に出港。 自分は船首左舷側にポジションを確保。

どんなに小さくても船は船。前後左右にに揺れる船体とか
波しぶきを上げながら海上を航行する感覚はやはり楽しいです。

普段陸上で生活してる我々一般人にとって船の航行というのはやはり特別な感覚ですね。

前方に見えるのは第44掃海隊に所属する「MSC-682 のとじま」です。


出港5分後くらいに「ひゅうが」の正面を横切る様に通過

上述した様に「舞鶴基地に停泊中のひゅうが」を見るのは今回が初めてなので、正面から見るのもこれが初めて。
広大な飛行甲板、右舷側に寄せられた艦橋、幅広な船体など非常に新鮮で刺激的なアングルです。


左舷側から見た様子

全長197mという巨体は勿論ですが、乾舷(第1甲板)が高いので船体がより大きく見えます。
「ひゅうが」は第3護衛隊群の旗艦であり、文字通り「舞鶴基地のボス」とも言える存在です。

今回「ひゅうが」が停泊してる岸壁は普段なら「ましゅう」が停泊してる場所です。
では停泊場所を取られてしまった「ましゅう」は現在どこに居るのかというと・・・

いました。舞鶴湾の奥、舞鶴クレインブリッジの付近で洋上停泊してました。

北吸桟橋は一直線の岸壁という構造故に停泊スペースに限りがあるので、
巨大艦である「ひゅうが」と「ましゅう」は交互で停泊してるみたいです。

素人的考えとしては「ひゅうがとましゅうが2隻並んでメザシ係留出来ないの?」とか思いましたが
乾舷の高さや船体の構造、それぞれの出港日時とかを考えると非現実的なのかも知れません。

という訳で洋上停泊中の「ましゅう」ですが、何かしら用事などで上陸する必要が出て来る筈。
そんな時に活躍するのが「11メートル作業艇」です。運良く航行中の現場に遭遇しました。

洋上停泊中の艦船にとって使い勝手の良い小型の船(作業艇)は重宝しますね。


洋上から見た舞鶴教育隊。

基本的に舞鶴教育隊は一般公開されず詳細不明の施設なのでこうして別の角度から見るのは勉強になりますね。
白い建物は新入隊員達が生活している隊舎、左の水色の建物は防火訓練用の建物っぽいです。


教育隊の名物であるカッター(短艇)

新入隊員の精神力と団結力を鍛える為の乗り物です。10数人で1隻の短艇を漕ぎタイムや距離の向上に努めます。
完全に手漕ぎなので手や尻の皮が剥ける事で有名な乗り物ですが、精神練成と言う点で絶対必要な乗り物です。
どこの組織や会社でもそうですが新人の頃に苦労しておくと後々それが役に立つのは事実ですからね。


舞鶴航空基地

舞鶴地方総監部が管轄する「海上自衛隊の航空基地」です。第23航空隊が在籍し「SH-60K」等を運用しています。
海上自衛隊というと艦艇メインの印象がありますが、それと同じくらい重要なのが航空機の存在です。
艦船では不可能な「高速で空を飛べる」という特徴を生かして様々な用途に柔軟に対応します。

海上自衛隊の航空基地は全国にいくつもありますが、「舞鶴航空基地は日本海側で唯一の航空基地」です。
中国や北朝鮮の脅威に対し航空機で迅速に対応する為の基地が必要とされ、2001年3月22日に開設されました。

見学については基本的には土日祝の14:00〜15:00に一般公開しています。(公開1時間って短か過ぎでは・・・)
それ以外では毎年夏に「サマーフェスタ」というイベントを開催しており、SH-60Kが派手に飛んだりするらしいです。
今回はスケジュールの都合で見学出来ませんでしたが、いつかはじっくり見てみたい基地の1つです。


観光船は舞鶴湾をぐるっと1周し北吸桟橋に近付きます。



北吸桟橋の対岸に位置する「ジャパンマリンユナイテッド」の工場

かつては「ユニバーサル造船」という会社でしたが、2013年に「アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド」と合併し
「ジャパンマリンユナイテッド」という社名になりました。向かいの舞鶴基地の護衛艦をよく整備・修理しています。


何らかの艦船を建造中

これは・・・ どの部分のパーツだ? たぶん船首か船尾だと思います。
ジャパンマリンユナイテッド(旧ユニバーサル造船)は護衛艦の整備・修理はよくやってますが
「護衛艦の建造」ってやってるんですかね・・・? またちょっと調べてみます。


整備が完了しドックを出る準備中?の「あさぎり」  (11:05頃)

特徴的な大型の角張ったヘリ格納庫や2本のマストがよく分かる1枚。この非効率で古いデザインが好き。
見ての通り船首からドックに入っているのでどうやって出るのかが気になる。タグボートに引っ張ってもらうのか、
もしくは可変ピッチプロペラ(CPP)を逆ピッチにして後進するのか。多分自力で後進するんだろうなー。

ちなみに遊覧船のガイドさんの説明だとこれから世界一周の遠洋航海に出るらしいです。


「あさぎり」のすぐ隣で接岸中の「うみたか」

76mm砲や90式艦対艦誘導弾、レーダーやFCSなどが取り外され完全に整備中状態の「うみたか」
装備品をここまで取り外すのは中々珍しいかと。まぁ定期的にフルメンテナンスも必要ですからね。

ちなみに舞鶴基地には他に「はやぶさ」も配備されているので、不審船が出現しても即対処可能かと思います。


「DD130 まつゆき」

「はつゆき型」の9番艦で1986年に就役。舞鶴には2010年から在籍してます。この光景を見た時
お、いよいよ「まつゆき」も退役か。古い艦だからなー
とか失礼な事を思ってしまいました。まだまだ現役の艦です。乗組員の方々、ゴメンナサイ・・・

ここで改めて「はつゆき型」の現在の状況を調べてみたんですが予想以上に退役が進んでて驚きました。
「はつゆき型」は1982年〜1987年にかけて12隻が就役し昭和末期〜平成初期の護衛艦隊にて活躍しましたが
2016年現在では7隻が退役。現役稼働中の艦は5隻でしかもその内3隻は練習艦に種別変更されています。
なので護衛艦としての「はつゆき型」は2隻のみ(まつゆき・あさゆき)という事になります。


艦橋構造物にズームイン

艦橋周辺の赤茶けた壁面は錆なのか、それとも再塗装の為の下地なのか。その姿はまるで幽霊船・・・
それに対して艦橋直下のアスロック再装填機構は綺麗なオリーブドラブで塗装されています。
と言うか画像では分かりずらいですが76mm砲とアスロック・ランチャーも取り外されています。
え・・・、もしかして本当に退役に向けて解体作業中?
「まつゆき」の余命は短そうなのでなるべく早めに詳細を記録・レポートした方が良さそうです。


「DE232 せんだい」

「あぶくま型」の4番艦で2015年の観艦式で乗艦した「とね」(6番艦)の姉に相当する艦ですね。
この光景を見た時「あれ? せんだいって舞鶴配備だっけ?」と思い調べてみた所、2016年3月18日に
呉(第12護衛隊)から舞鶴(第14護衛隊)に転籍になったとの事。春から配置の新人娘という訳ですね。


「DDG175 みょうこう」     「DD118 ふゆづき」

「船体の4ヶ所に固定装備された対空レーダー」という外見的特徴や能力から
任務が混同されがちな2艦ですが、その性格は大きく異なります。ざっくり言うと
「こんごう型」の作戦任務の補佐をする為に作られたのが「あきづき型」です。
詳しくは次ページで解説します。

他に注目すべき点としてはヘリ格納庫の有無。「ふゆづき」は立派な格納庫がありますが
「みょうこう」にはありません。「こんごう型」が就役した1993年当時ではヘリの運用は
「はるな/しらね型」と汎用護衛艦に任せて「こんごう型」は艦隊防空ミサイルの運用に特化すべき
という考えによるものです。何だかジェネレーションギャップを感じる光景ですね。

それと余談ですが画像を見て分かる様に「満艦飾」が施されています。
本日5月3日は憲法記念日なので特別な装飾を実施中との事でした。


「みょうこう」 左舷

本日の北吸岸壁の停泊状況では「みょうこう」と「ふゆづき」がメザシ係留されており、「みょうこう」が外側なので
「みょうこう」の全体像を見るには遊覧船で海側から見学するのがベストな方法です。遊覧船マジ有能です。

「みょうこう」は過去に何度も見てる馴染みの艦(最近だと2015年7月に上越市で見学)ですが、
久し振りに見ると色々と違った様子が見えますね。個人的に気になったのが喫水線付近の錆。
錆が出てるって事は結構長い年月が経過してる証拠なんですが、就役したのが1996年なので
20年経過のベテラン艦という事になります。(更に余談ですが就役時からずっと舞鶴にいます)

「イージス艦=最強の艦」という認識は現在でも健在ですが、流石に20年も経つと(良い意味で)古さを感じますね。


「ひゅうが」 艦尾

全通甲板式のヘリ搭載護衛艦だけあって横幅がすごく広いです。第1甲板(飛行甲板)の横幅は33mだそうです。

個人的に気になったのがCIWS(高性能20mm機関砲)です。その形状から「ブロック1B」である事が確認出来ますが
注目すべきはその配置。ヘリの離発艦を考慮してか飛行甲板より1層低い第2甲板(第3甲板?)に装備されてますが
この配置だと射界が左舷後方のみに限定されます。
元々「ひゅうが型」はヘリコプターの運用及び艦隊旗艦を主目的にした艦なので個艦防御装備は
必要最低限でOKですが、機関砲好きとしてはこういう点がついつい気になっちゃいますね。


艦橋構造物

全通甲板式の特徴である独立した艦橋構造物(アイランド)。操艦は勿論、ヘリの管制など重要な機能が集約されています。
空母型船体の特徴である右舷側に寄せた設計なのですが、写真だと左舷艦橋に見えなくもないという不思議なアングルに。


艦橋構造物・前部

やはり目を引くのは艦橋直上に設置された「FCS-3」です。対空索敵レーダー以外にもミサイル(ESSM)の誘導も行える
「統合戦闘システム」として構成されています。つい1ヶ月前に「あすか」を見学した自分にとってはタイムリーな装備です。

大型の方が対空索敵用の「Cバンド」レーダー、小型の方がミサイル誘導用の「Xバンド」レーダーとなります。
・・・こういった電子機器は専門外なので詳細な説明は省きます。もう少し勉強した上で改めて紹介したいです。
他に注目すべき点としては独特の左右非対称の配置でしょうか。FCS-3が前方と左舷に装備されています。
アメリカ海軍の「タイコンデロガ級」もそうですが、こういうアンシンメトリー(左右非対称)なデザインって好きです。


艦橋構造物・後部

艦橋構造物の後部には「航空管制室」が設けれヘリコプターの発着艦を管制しています。
そしてFCS-3は後方と右舷に装備されているのでこれで4方向360度の範囲をカバーしています。

「ひゅうが」の右舷側については午後の北吸岸壁見学でリポートしています。


こうして舞鶴湾を一周した遊覧船は11:20頃に接岸。海側から見る護衛艦の姿というのは
新しい発見と景色に溢れてて実に有意義な見学方法でした。また次回も乗りたいですね。


その後は昼食を食べる為に再び舞鶴市街地に向かいます。

「トマト&オニオン 創業店」

今回是非とも行ってみたかったのが「トマト&オニオン」というレストラン。全国に展開してるレストランなんですが
個人的には行った事が無く長年未知のレストランでした。この店について調べてみると舞鶴市が創業地との事なので
「2015年の氷見市のきときと寿し」の例に倣い、創業店で食事をしたいと思い昼食はここで食べる事にしました。


「粗挽きハンバーグ&ヒレサイコロステーキ」(¥1500)

肉汁がジュージューと溢れるハンバーグはとても美味しかったです。ご馳走様でした。
それと店員さんの接客態度がすごく良くて気持ちよく食事が出来ました。良いお店ですね。

こうして美味しい食事を頂いた後は午後の北吸桟橋見学に向かいます。

「北吸岸壁 見学編」


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