海上自衛隊 呉基地 & 広島平和記念公園
2016.5.4

午前中の「てつのくじら館」で予想以上に時間を消費してしまいつつ、気を取り直して「呉基地」に向け出発です。
今回は時間と体力の節約の為にバスで行く事にしました。という訳でバスに乗るべく呉駅に向かいます。

呉駅の前にあったスクリューのオブジェ

流石は軍港と造船の町。船舶に関する物が誇らし気に飾ってあります。ただコレを見た時自分は
ブレードの表面処理が甘いな。これじゃ水中雑音がザバザバだぜ。
とか思いました。スクリューはその形状は勿論、表面処理によっても静粛性が大きく変わります。

そして工業系出身の自分としてはスクリューの加工方法も気になる所。見て分かる様にブレード表面には
段階的にドリルで削った跡がハッキリと確認できます。6次元加工機(?)とかで切削したんでしょうねー。

それとスクリュー加工技術と言えば80年代に東○系列の会社が旧ソ連に高性能な切削加工機を輸出し
その機械によって潜水艦のスクリューが製造され旧ソ連の潜水艦の静粛性が向上したという疑惑が発生。
その点をアメリカ政府(国防総省)から追求され外交問題にまで発展した事件がありましたね。
80年代当時は旧ソ連は敵だったのでこういう事件に発展しましたが現在はどうなんでしょうね・・・?


呉基地に到着 (14:50頃)

「潜水隊前」というそのまんまの名前のバス停。呉市にとって潜水艦関係が特別な存在である事を物語っています。


それでは改めて呉基地を見学!



うぉぉぉ!? 何ここスゲェェェェ!!!
潜水艦と護衛艦のパラダイスじゃん!!!
(2回目)
呉基地を実際に見るのは今回が人生初なのですが、その充実した艦船の配備に大感激です。
特に「停泊中の潜水艦を間近で見学出来る」という点が素晴らしいですね。
潜水艦は軍事機密の塊で見学可能な場所(呉か横須賀)や状況(観艦式など)が限られているので。


周辺施設の紹介  「アレイからすこじま」

呉基地(潜水艦桟橋)に面する臨海公園です。規模や構造的には遊歩道と言った方が正しいかも。
国道487号を挟んで海側に潜水艦桟橋、陸側に旧海軍工廠のレンガ倉庫が並んでおり
「前門の海上自衛隊、後門の旧帝国海軍」という嬉しい挟撃場所となっています。

近所にセブンイレブンがあるので休憩もバッチリ。とある海上自衛隊愛好サイトいわく
「コンビニでお弁当を買い、潜水艦や護衛艦を眺めながら食べるのは至福の時」との事。
という訳で自分もアイスとコーラを買って休憩しながら潜水艦を眺めてました。


そのセブンイレブンにてカープ女子になった榛名を発見。

広島県民のカープ愛は凄いって聞いてたけど艦娘までカープ女子化するとは。何気に周りのお菓子もカープ仕様。
ところで「榛名は群馬県の榛名山が由来だったはず。広島(呉市)と何か関係あるの?」と思って調べてみたら
1945年7月28日に江田島小用沖で停泊中に米軍の攻撃を受け大破・着底、そのまま終戦を迎えました。
なので榛名にとって呉港は最後の戦地という事ですね。(他にも伊勢・日向・天城なども呉港で沈没してます)


魚雷積載用クレーン

旧帝国海軍が使用していた魚雷積載用クレーンだそうです。当時を物語るモニュメントですね。


「潜水艦桟橋」の入口

読んで字の如く、潜水艦が停泊してる桟橋への入口です。結構控えめな造りですね。
画像に写ってる歩道橋は国道を挟んだ「第一潜水隊群」の施設に繋がってる様で
潜水艦の乗組員はこの入口、もしくは歩道橋から出入りしてるんじゃないかと思います


「潜水艦桟橋」の様子

大量かつ大型の物資の搬出入の為か、結構な道幅があり車輌とかそのまま通れそうです。
ちなみにこちらの桟橋は「Sバース」という名称みたいです。ubmarine(潜水艦)の頭文字かな?


桟橋にズラッと並んだ潜水艦

潜水艦がこんなに沢山並んでる光景を見るのは人生で初めて。
そりゃー、もう大興奮ですよ! 嗚呼、素晴らしき潜水艦桟橋・・・


今回Sバースに停泊してる潜水艦は5隻で「そうりゅう型」×1隻、「おやしお型」×4隻です。
正面左の一番前が「そうりゅう型」です。流石に個艦の識別までは不可能ですね。
潜水艦は隠密行動を主とする特殊な艦なので艦番号などは描かれないので・・・

そこで呉基地に所属する潜水艦についてちょっと調べてみました。

「第1潜水隊群」の編成   (2016年4月時点)
第1潜水隊第3潜水隊第5潜水隊第1練習潜水隊直轄艦
SS-591 「みちしお」
SS-593 「まきしお」
SS-594 「いそしお」
SS-507 「じんりゅう」
SS-596 「くろしお」
SS-600 「もちしお」
SS-504 「けんりゅう」
SS-501 「そうりゅう」
SS-502 「うんりゅう」
SS-503 「はくりゅう」
TSS-3601 「あさしお」
TSS-3608 「おやしお」
ASR-403 「ちはや」
こんな感じで合計12隻(実働艦10隻、練習艦2隻)+救難艦で構成されてるみたいです。
艦級別の内訳としては「おやしお型」×6隻、「そうりゅう型」×5隻、「はるしお型」×1となります。
写真に写ってる潜水艦はこの編成の中のいずれかという事になりますね。

それにしても「おやしお型」の1番艦である「おやしお」が練習艦になる時代とは・・・
1998年に「おやしお」が登場した時は「はるしお型に比べ飛躍的な進歩を遂げた新型潜水艦」
として海自潜水艦の新時代を印象付けました。自分の中でも未だに新鋭艦のイメージでしたね。

潜水艦の更新サイクルが早いのは有名ですね。かつて海上自衛隊における潜水艦の保有数は
実働艦16隻(+練習艦2隻)と決められていましたが、建造のペースとしては年間約1隻なので
1艦につき16年間少々運用したら退役というとても贅沢な使い方をしていました。
(ちなみに一般的な護衛艦の運用年数は約30年です)

しかし「平成22年の防衛大綱」にて潜水艦を24隻体制(実働艦22隻+練習艦2隻)にする事が決定。
なので現在主力として活躍してる「おやしお型」の運用期間を22〜24年間まで延長しつつ
最新の「そうりゅう型」を順次建造し最終的には24隻体制にする計画らしいです。


「潜水艦桟橋」(Sバース)を別角度から。

一番手前が「そうりゅう型」、後ろに並ぶ2隻が「おやしお型」です。この2型は外見がよく似ており素人には判別不可能。
海自艦艇にそこそこ詳しい自分でも後部舵の形状(そうりゅう型はX型、おやしお型は十字型)で辛うじて判別してます。
他にはセイル自体の形状が違うなど判別ポイントが結構あるらしいのですが、その辺の勉強ははまたいずれ。

ところでこの光景を見ててふと気になったのですが
「おやしお型」や「そうりゅう型」が現役バリバリなのは分かるけど
これより古い型(はるしお型)ってまだ現役なの?
という疑問。
「はるしお型」は1990年〜1997年にかけて全7隻が建造されましたが2016年現在では
最終艦の「SS-589(※) あさしお」を残して全艦が退役してます。その「あさしお」も
AIP(非大気依存推進)システムの実験艦として魔改造され艦番号も「TSS-3601」に変更。
現在は実験艦/練習艦として呉に所属してますが、退役する日も遠くない状態らしいです。

「あさしお」は現在の海自において「稼働してる涙滴型船体の潜水艦」としては
最後の艦なので出来ればその姿を写真に収めたかったですね。ちょっと残念。


それでは潜水艦の歴史や編成の話はこのくらいにして各艦の詳細をチェックしていきましょう。

「そうりゅう型」

2009年から配備が始まってる最新の潜水艦です。2016年5月時点で7隻が就役し2隻が建造中。
基準排水量2900トン、全長84m、水中速力20ノット、乗員65名、武装:533mm魚雷発射管×6門。

最大の特徴が「非大気依存推進」(AIP)を取り入れた設計という点。スウェーデンのコックムス社が
開発したスターリングエンジン「4V-275R MkV」を川崎重工業がライセンス生産した物を搭載。
水中航行時の推進エネルギー効率が向上した・・・的な感じらしいですが難しくてよく分からないですね。

他の特徴としては海自の潜水艦としては初となるX型舵。「そうりゅう型」を見分けるポイントの1つです。
従来の十字型舵では縦舵(ヨー)と横舵(ピッチ)の役割がキッチリ分かれてましたが、今回のX型舵では
舵が斜めに装備された事により縦舵・横舵両方の効果を発揮し機動性の向上に繋がっているそうです。


「おやしお型」

1998年〜2008年にかけて全11隻が就役。1番艦の「おやしお」は2015年に練習艦に艦種変更されています。
基準排水量2750トン、全長82m、水中速力20ノット、乗員70名、武装:533mm魚雷発射管×6門。

「おやしお型」の特徴としては従来の潜水艦(はるしお型)とは異なる新技術を多く採用している点です。

まず外見的な特徴として葉巻型船体の採用が挙げられます。「はるしお型」など従来の潜水艦は
涙滴型と呼ばれる流線形の船体ですが、「おやしお型」の葉巻型はやや角張ってずんぐりした船体です。
葉巻型は涙滴型に比べ流体力学(水中での推進効率)的な面でやや不利ですが、代わりに広い艦内容積を
確保しやすいので最新機器を満載する必要がある現代の潜水艦には適した船体形状とも言えます。

そして「おやしお型」が葉巻型船体を採用した最も大きな理由がサイドソナーを装備する為です。
「はるしお型」など従来の潜水艦は艦首(メイン)と艦尾(曳航式)の2ヶ所にソナーを装備していますが、
これらに加え船体側面(サイド)にソナーを追加し、探知能力を更に向上させようというのが「おやしお型」の
コンセプトです。そしてサイドソナーを装備する為には従来の涙滴型船体では構造・強度的に困難なので
葉巻型が採用されました。(詳細は割愛しますが葉巻型は構造的に強度の高い船体が建造可能です)

葉巻型船体以外で、個人的に最も大きな進歩だと思うのが1人で操縦可能になったという点。
てつのくじら館での展示通り、従来の潜水艦は「2人で縦舵・横舵をそれぞれ操作し艦を動かす」という
複雑で面倒くさい操縦方法だったので、これらを1人で行える様になった事は大きな進歩だと思います。


「そうりゅう型」のセイル及び前部甲板

潜水艦は隠密行動が主体なのでステルス性能を追求する為に船体表面が滑らかに作られています。
なので突起物は必要最低限な物ばかり。目立つのはセイル側面の手摺り(ロープが掛けてある)くらい。
(船体にから出てる安全柵は航海時には取り外せそうな感じですね。停泊中限定の装備っぽい)

船体表面には無数のタイルが貼り付けられデコボコしますが、実はコレ「吸音・反射タイル」です。
水中での音を吸収もしくは反射させ自艦の存在を秘匿し生存率を高めます。潜水艦ならではの装備ですね

甲板を歩いてるのは乗組員。セーラー服なので海士(2士〜士長)かな。潜水艦って特殊な艦船なので
「乗組員は全員ベテラン自衛官=3曹以上」っていう安易な思い込みがありましたが海士も乗ってる模様。
てつのくじら館での紹介だと教育隊卒業後にいきなり潜水艦に配属される人もいるみたいです・・・?

そして緑色のカバーがかかっているのが前甲板の昇降ハッチです。潜水艦における艦内への出入り口と言うと
セイルのハッチが一番メジャーですが、前後甲板にもハッチがあり前部で4ヵ所?のハッチがあるみたいです。
潜水艦と言えば海に深く潜航する=水圧との戦いです。なのでハッチ(強度的に弱い開口部)の数は少なく、
そして小さい事が重要です。甲板上の乗組員さんとの大きさを比較すればそれが理解出来るかと思います。
そして緑色のカバーがかかってる理由ですが、これはハッチの厚さや構造を秘匿する為です。
ハッチの厚さや構造が分かるとおおよその潜航可能深度が推測されてしまうからです。


「おやしお型」の後部甲板及び舵

「そうりゅう型」に比べると船体表面がツルツルなのが印象的な「おやしお型」ですが、これは吸音・反射タイルの
使用範囲による物です。当時では技術や予算的な問題で吸音・反射タイルの使用範囲に制限があったみたいです。

船体後部の「横長の穴」は海水を注排水する為の物だと思います。(※海上に露出してるので排水のみ?)
ご存知の様に潜水艦は船体内に海水を注排水し排水量(自重)を変化させる事によって潜航・浮上を行います。
なのでこういった開口部が備わっています。観艦式の写真とか見てもこの穴から排水してる場面がありますね。
(※ある情報によるとエンジン等の冷却海水を排水する穴の場合もあるらしい。なるほど)

他に気になった点と言えば艦尾の自衛艦旗。場所が急斜面気味なので滑って海に落ちる隊員とかいそう。


※潜水艦に関しては他にもいっぱい写真を撮ったのですが防衛機密に触れそうなのでこの辺で。



こちらは「Fバース」と呼ばれる桟橋。Sバースの右側(北西)に位置してます。

写真の通り護衛艦が大量に停泊しています。呉基地と言うと「潜水艦の聖地」というイメージが強いですが
通常の護衛艦や特務艦も大量に配備されており、実は横須賀に匹敵する規模・能力の基地との事です。

そしてコチラにも「おやしお型」が1隻停泊中。Sバースの5隻と合わせて合計6隻の潜水艦が停泊中という事に。


それでは護衛艦にズームイン
「DD-106 さみだれ」     「DD-105 いなづま」

「いなづま」はむらさめ型の5番艦として2000年3月15日に就役。
「さみだれ」はむらさめ型の6番艦として2000年3月21日に就役。
就役日が僅か6日違いで、2隻とも就役時からずっと呉に配備されているという仲良し双子姉妹みたいな存在。

写真右側に中途半端に写ってるのは「AOE-422 とわだ」です。


「DE-234 とね」     「DE-229 あぶくま」

「あぶくま型」の1番艦と最終艦なので「あぶくま6姉妹の長女と末女」が並んでいる格好になりますね。
「とね」は平成27年度観艦式で乗艦した思い出深い艦です。あの時は大変お世話になりました。

所でこの写真ですが「とね」の船体後部と「とわだ」の巨大な艦橋構造物のアングルが絶妙に一致し
一瞬「あさぎり型」と錯覚しました。(「とわだ」の艦橋構造物がヘリ格納庫っぽく見えた)

他には「あぶくま」の奥でマストだけちょこっと写ってる艦。これは「MST-464 ぶんご」だと思います。


「ATS-4203 てんりゅう」(左)      「ATS-4202 くろべ」(右)

共に訓練支援艦として活躍する艦です。マスト基部に装備された標的機を操作する為のアレイアンテナが特徴。
「てんりゅう」は平成24年度観艦式でお世話になりました。あの時もっと艦内をじっくり見学しとくべきでしたね。

それにしても「てんりゅう」と「くろべ」は外見がすごく似てますね。ほぼ同型艦なので似てるのは
当然なのですが、今回のリポートを書くに当たってどっちがどっちか分からず少し困惑しました。


コチラは「Aバース」もしくは「からす小島係留所」と呼ばれる岸壁です。Sバースの左側(南西)に位置してます。

その「Aバース」に何やら見慣れない艦が・・・ え? 何この艦?  艦名を確かめるべく艦尾を見ると・・・・・

その正体は「ひびき型音響測定艦」の2番艦「AOS-5202 はりま」でした。

つーか双胴船かよ! ヤバ過ぎるデザインじゃんコレェ!と言うのが第一印象。
主な任務は日本近海を巡航しながら監視用曳航式ソナーにて敵潜水艦の音源情報の収集と研究を行う事らしい。
より精度の高い情報を得る為に安定性の高い双胴型を採用しました。ヘリ甲板もあるのでヘリの離発艦も可能。
曳航ソナーは全長約2600m(ケーブル1800m)という長大な物で、艦尾のソナー収納口も大きく設計されています。

1992年に就役、基準排水量2850トン、全長67m、全幅30m、速力11ノット、乗員40人、同型艦2隻(ひびき・はりま)。


そしてコチラは「第一潜水隊群」及び「潜水艦教育訓練隊」の建物

呉基地(潜水艦桟橋)の向かいにある施設で、てつのくじら館での説明いわく「潜水艦乗りの故郷」との事。
潜水艦乗りは在職中に何度もこの施設に通い、技能の向上と潜水艦に関する最新事情を勉強するそうです。


歴史と伝統の重みが感じられる表札

簡単に歴史を紹介すると以下の様になります。
1962年(昭和37年)  「第1潜水隊」が新編(呉地方隊隷下)
1965年(昭和40年)  「第1潜水隊群」が新編(自衛艦隊隷下)
1969年(昭和44年)  「潜水艦教育訓練隊」を新編
1973年(昭和48年)  横須賀に「第2潜水隊群」が新編
1981年(昭和56年)  「潜水艦隊」が新編
2000年(平成12年)  潜水艦救難艦「ちはや」(2代目)が就役
似た様な名前ばかりで分かりづらいですね・・・  ただハッキリ言えるのは
呉は潜水艦に関しては横須賀以上の歴史と伝統があるという事。
旧帝国海軍及び海上自衛隊の聖地と言えば横須賀ですが、潜水艦の聖地と言えばやはり呉です。


呉基地の近くにあった在日米陸軍施設

自衛隊基地と在日米軍基地が並んでるのはよくある光景なのでそれ程驚きませんが、
コチラは陸軍(Army)の施設との事。海軍じゃなくて陸軍なのか・・・ ちなみに弾薬庫らしい。
海自と米陸軍では装備が全然違うので関係ない施設だと思いますがファランクス用の20mm弾とか
89式小銃/M16用の5.56mm弾とかブローニングM2用の12.7mm弾くらいなら共有化できそう。


ちょっと望遠ですがこちらは「Eバース」と呼ばれる桟橋。Fバースの右側に並行しています。

分かりづらくて申し訳ないですがEバースの前方(停泊する護衛艦の眼前)に並んでる建物は「呉造修補給所」です。


Eバースにズームイン

「DD-113 さざなみ」(左)     「TV-3518 せとゆき」(中央)     「※DD-129 やまゆき」(右奥)

※「さざなみ」と「せとゆき」は艦番号がハッキリ確認出来ないので現在の艦艇編成から推測しました。

見ての通り「はつゆき型」の2隻(せとゆき・やまゆき)並んでいます。
ここに午前中に見た「しまゆき」、前日に舞鶴で見た「まつゆき」を加えると
2日間で「はつゆき型」を4隻見学した事になります

昨日の舞鶴レポートで述べた通り現在稼働中の「はつゆき型」は5隻のみ。
佐世保の「あさゆき」を除いて80%の見学達成率となります。
退役間近のベテラン艦の姿を4隻も見れた事を嬉しく思います。

そして地味に注目すべきは「やまゆき」。艦番号が129だったので「護衛艦 やまゆき」と判断しましたが
調べてみると1週間前の2016年4月27日に練習艦(TV-3519)に種別変更されたばかりでした。
という事はこれから艦番号の描き替え等が行われるのだと思われます。護衛艦としての最期の姿ですね。

他に気になる点としては「せとゆき」はCIWS、アスロック、FCS-2等が取り外されており
「さざなみ」も前部CIWSにカバーがかけられており長期間使用しないかの様な状態です。

このEバースは「呉造修補給所」に繋がっているのでこの3艦は修理・整備中なのかも知れませんね。


ジャパンマリンユナイテッド(JMU)のドック

現在はJMUの工場ですが、かつては「呉海軍工廠」として多くの軍艦を建造。
その技術は東洋一と言われていました。現在も多くの艦船を建造しています。

工場の看板には「大和のふるさと」と書かれており、「戦艦 大和」はここで建造されました。
他にも「長門」「愛宕」「那智」「赤城」「蒼龍」「伊400」など有名な軍艦が数多く建造されました。


隣のドック及び呉市の街並み

巨大なドックは勿論ですが、その周りの大型クレーンや複雑な湾内など「呉市=造船の町」という印象を強く与えます。


「呉地方総監部」



第4護衛隊群・第1潜水隊群・第1輸送隊などを統括する海上自衛隊・呉基地の司令部です。
呉基地の主な担当地域は瀬戸内海を始めとした和歌山県〜宮崎県までの太平洋エリア、
そして日本最南端の島として有名な沖ノ鳥島(四国沖から約1800km)まで含まれます。

今回は時間が無かったのでスルーしましたが、毎週日曜日には一般公開してるそうです。(※事前予約)


艦艇の一般公開の案内

地方総監部と同じくコチラも毎週日曜日に一般公開されます。(※10〜20日前の事前予約が必要)
舞鶴基地の一般公開(土日祝日公開・当日申請OK)に比べると何かと制限が多いですが、
呉基地の戦略的価値や配備艦艇を考えるとこの位の制限を設けた方がいいのかも。
いつかは呉基地(桟橋)内部を見学してみたいですね。特に潜水艦を間近で見てみたい。


そしてコチラは「呉教育隊」

昨日見学した舞鶴教育隊と同じく将来有望な若人達が訓練に励んでいる事でしょう。(今はGWで休みでしょうけど)
最近の出来事としては4月12日に「第9期一般海曹候補生」(162名)及び「第11期自衛官候補生」(109名)の
入隊式が行われました。「第11期自衛官候補生」は従来の任期制隊員の事で別名「第365期練習員」とも呼ばれます。


呉教育隊の隊舎など

舞鶴教育隊は市街地から離れたやや僻地でしたが、呉教育隊は市街地の中にあってシティー派ですね。
手前の川ですが、短艇訓練の際にはこの川から出発するのかと一瞬誤解してしまいました。
実際には呉基地方面に短艇の発着・訓練場があり、そこまで移動して乗り込むみたいです。


・その他
教育隊の近くに自衛隊グッズで有名な「制服のフジ」を発見。軽く中を覗いてみると
制服や識別帽がズラリ。レプリカでいいから海士用セーラー服とか欲しいですな。




こんな感じで呉基地や周辺施設の見学は終了。本来ならこれだけでも十分な収穫だったのですが
実は広島県内においてもう1ヵ所見学してみたい場所がありました。それは原爆ドーム。

ミリタリー愛好家として、第二次世界大戦及び戦後自衛隊の歴史を知る為には
「広島市への原子爆弾投下」という出来事を理解しておかなければなりません。

という訳で原爆ドームを見学予定だったのですが、この時既に17:30を過ぎており
日没時間等を考えると原爆ドーム見学は無理じゃないかと本気で迷ったのですが、
「いいや、駄目だ! 戦後国民として原爆投下の歴史を直視せねば!」と思い予定を強行。

とりあえずガソリンを補給(49L)した後に、呉ICから広島高速に進入し吉島ICで下車。
(ちなみに高速料金は1160円でした。距離の割に高いかな。)

こうして18:25頃に広島市内に到着しました。
広島県に来る観光客(他県民)が一番驚くのが「路面電車」の存在でしょうか。

広島県内で運行される路面電車の規模は日本一と言われています。

街中の至る所に停留所が設けられ県民の身近な交通手段として親しまれています。

ただ他県民としては自動車と電車が同じ道路を走ってるという現実が理解しがたいですね・・・
「もし接触したらどうしよう・・・」とヒヤヒヤしながら走行。とりあえず付近のパーキングに駐車し原爆ドームに向かいます。


相生橋

原爆ドームの近くに架かる橋で全国的にも珍しいT字型の橋だそうです。
その特徴的な形状から原爆投下時には照準目標とされました。


原爆ドーム

1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分にアメリカ軍の爆撃機B-29「エノラ・ゲイ」によって
原子爆弾「リトルボーイ」が投下され、その爆風で破壊されるも奇跡的に原型を留め残存。
原爆による悲劇を後世に伝える為の記念碑として当時の歴史を伝えています。

元々は1915年(大正4年)に「広島県物産陳列館」として作られた建物です。
そして1945年8月6日に原子爆弾が投下され破損し現在の姿となります。
「原爆ドーム」という名称については1951年頃には既に市民にそう呼ばれていたそうです。
その後の広島市によって保存活動が続けられ1995年には国の史跡に指定。
更に翌1996年にはユネスコ世界遺産に登録されました。

原爆ドームを見学するのは2001年(2002年?)10月に修学旅行で広島に来た時以来ですね。
当時の自分は「現代装備品系コレクター」であり、歴史にはあまり興味が無かったので、
折角見学したのにあまり記憶に残ってないというのが非常に残念かつ失礼でした。
なので今回15年越しの再見学で原爆投下の歴史や遺跡などを実際に目にし
理解・勉強できた事はミリタリー愛好家としてとても有意義だったと思います。


原爆の子の像

原爆によって亡くなった佐々木禎子という少女をモデルとした平和記念碑の像です。
佐々木禎子は原爆による後遺症(白血病)が原因で1955年に12歳の若さで死去しますが、
彼女の死を悲しんだ同級生達が慰霊と戦後平和の意味を込めてこの像を制作しました。
原爆投下によって幼い命、多くの人命が失われた事を後世に伝える意義ある像です。


原爆死没者慰霊碑

ユニークなデザインですが、これは設計者である丹下健三氏の「原爆犠牲者の霊を雨露から守りたい」という想いにより
この形状になったそうです。内部の石棺には原爆死没者名簿(297684名/2015年8月6日時点)が納められています。
地理的な特徴としてはこの慰霊碑と原爆ドームと平和記念資料館が一直線に並ぶ様にデザインされています。


原爆死没者慰霊碑の周囲は「平和の池」と呼ばれる人工池になっており、水中には解説プレートがあります。

世界的に有名な戦争慰霊碑という事もあり、海外観光客向けに数ヵ国語で書かれた解説プレートがありました。
核兵器保有国の人達はどんな気持ちでこの慰霊碑を見てるのでしょうか・・・

※追記
5月27日にアメリカのバラク・オバマ大統領が広島平和記念公園を訪問しました。
現職のアメリカ大統領としては初の訪問であり、各方面から大きな注目を集めました。
オバマ大統領は原爆被害の悲惨さ、戦後平和に対する想いや在り方などを演説。
他にも平和記念資料館や原爆ドームの見学、被爆者との対面などを行いました。

終戦時の日本とアメリカは戦勝国と敗戦国、加害者と被害者という立場でした。
それから71年の時が流れ日米同盟により両国が友好的な関係になったり、
アメリカはベトナムやイラクで大きな戦争をしたり、依然強力な核兵器保有国だったり、
そして昨年の安保法改正により自衛隊が海外で米軍と共同作戦をする可能性が
高まったりと政治的・軍事的に見ても大きな出来事が目立つ日米の戦後71年間です。

今回のオバマ大統領の広島訪問をどの様に感じるかは人それぞれですが、
過去・現在・未来における日米関係の記念すべき日になるのは間違いないでしょう。


広島平和記念資料館

原爆投下による凄惨な歴史を紹介する施設で、当時の状況や遺品が数多く紹介・展示されています。
本来ならばじっくり見学し勉強すべき施設なのですが、この時点で19時を過ぎており閉館してました。
なので今回は見学を諦めましたが、またいつか広島を再訪した際には改めて見学したい施設です。


平和祈願の献花

今回の広島訪問時に偶然「第40回 ひろしまフラワーフェスティバル」というイベントが開催中でした。
元々は1975年に広島カープがセ・リーグ優勝した際の祝賀イベントだったらしいのですが、
その後平和記念公園の慰霊・平和祈願と融合。広島を代表するビッグイベントに成長したらしい。


動員学徒慰霊塔

戦時中の労働力不足を補う為に発令された「学徒勤労令」により集められた学徒達を慰霊する塔です。
勉学と青春に生きる筈だった学生の尊い人生が戦争によって奪われてしまった過去を今に伝えています。


日没が近づき違った一面を見せる原爆ドーム  (19:10頃)





原爆ドームは日中に見ると原爆被害の悲惨さが滲む悲しい雰囲気ですが、
夜のライトアップ状態だと幻想的な雰囲気を醸し出す戦争遺跡になりますね。


平和記念公園の夜景を眺めつつ現場を後にします(19:35頃)

原爆投下直後の1945年ではこの辺一帯は焼け野原でしたが、71年後にはここまで復興・発展しました。
(他県民の自分が偉そうに言える事ではありませんが)これは戦後日本人として誇っていい事だと思います。
当時の悲惨な歴史を語り継ぐ事を忘れず、そして明るい未来へ向けて今後も前進したいですね。


夕食は広島風お好み焼き。

本場だけあってとても美味しかったです。「一般的なお好み焼きとの相違点は具材に麺が入ってる事」だっけ・・・?


こうして広島県での全てのオペレーションが完了。20:20頃に広島市を出発しそのまま国道2号を南下。
出来れば途中で風呂に入りゆっくり休憩したかったのですが、時間も体力も土地勘も無かったので
風呂は諦め途中の臨海公園で清拭・洗顔・ハミガキを済ませ本日の最終目的地である大竹市へ。

そして22:30頃に大竹駅近くのパーキングに駐車。ここが本日の野営場所となりました。
駐車場は明日のイベントに参加すると思わしき車輌が多く駐車。満車ギリギリでした。
同志はどこから来たのか気になったのでナンバーを見ると横浜・相模・湘南・春日部等の
県外ナンバーがチラホラある程度。ここ以外の場所に停めてる人も大勢いる筈です。



こんな感じで「Operation M.K.I」の2日目は終了。
Operation M.K.I (Day2) 総評

・良かった点
 8年ぶりに再訪した「てつのくじら館」にて潜水艦に対する理解がより深まった。
 人生で初めて見た呉基地の素晴らしい大艦隊(特に潜水艦)に大感激だった。
 原爆投下に関する歴史や遺跡を見学できた事がとても有意義だった。


・悪かった点
 大和ミュージアムを見学出来なかった。
 平和記念資料館も見学出来なかった。
 風呂に入る余裕が無かった。
 広島名物である牡蠣を食べられなかった。 ※翌日達成


「岩国基地フレンドシップデー2016」編

「てつのくじら館」編に戻る



イベント一覧へ戻る