アメリカ海軍/海上自衛隊 厚木基地 日米親善春祭り2018
2018.4.21


今回はアメリカ海軍及び海上自衛隊の厚木基地にて行われた「日米親善春祭り2018」の様子をリポートしたいと思います。去年・一昨年のゴールデンウイークは岩国フレンドシップデーに参加しましたが、
今年の岩国にはもうハリアーがいない事、そして今年も収入の減少が響き生活が厳しい事などから近場の別の在日アメリカ軍基地のイベントに参加しようと考え厚木基地へ。

更に「厚木を見学するなら同じ神奈川県内の横須賀も一緒に見学したい」と考え、最終的に厚木基地と横須賀基地を見学するという作戦に決定。

厚木や横須賀は車を停める場所が無く車中泊も困難だと予想されたので今回は電車で行く事にしました。去年の「昭和の夕暮れ作戦」(佐世保・呉)と同じく事前に電車のルートや時刻表を入念にチェック。
今回は21〜22日の2日間で厚木と横須賀を回る予定なので現地のホテルも予約。お気楽な車中泊とは違うのでシビアに計画を立てます。ちなみに今回の予算は現金¥40000+クレジット¥15000です。


イベント当日の21日早朝、地元の駅から始発の電車に乗りまずは東京駅へ。その後横浜駅→さがみ野駅というルートで厚木基地へ向かいます
 
9:20頃に最寄り駅であるさがみ野駅に到着。予想通り車で来るには厳しい環境ですが現地には臨時駐車場(¥1500)なども設けられていました。ここから徒歩で基地に向かいます。


基地正面に到着 (9:45頃)

過去に厚木基地へ来た記憶がハッキリしないのですが、親父に確認してみると2000年のイベントに参加したのが最後みたいなので約18年振りの厚木基地という事になります。
他には例外として2012年7月に仕事で近くを通り掛かった程度かな。なので実質的に初めての基地訪問と言えるかも。警備の都合上、基地ゲートをアップで撮ると怒られそうだったので遠くからパシャリ。

そして”厚木”基地という名称ではありますが基地の所在地としては敷地面積の約78%が綾瀬市、22%が大和市であり厚木市は無関係という不思議な場所です。


身分証明や手荷物検査を無事にパスし10:00過ぎに基地内へ

厚木基地はセキュリティチェックが厳しく入場するにはパスポート等が必要との事なので、今日の為に人生初のパスポート(10年用/¥16000)を作成しました。
当初は「基地に入場する為に16000円は高い!」と思いましたが、パスポートがあれば海外旅行に行けるし、いつか実弾射撃も楽しみたいので結果的にオーライかな。


基地内の様子など
 
上述の通り厚木基地に来るのは2000年以来、約18年振りなので基地内の景色、建物、設備、装備などあらゆる物が新鮮に見えます。新しい発見と感動が溢れる素晴らしい空間となっています。


厚木基地に展開する部隊
 
ご存知の様に厚木基地は海上自衛隊とアメリカ海軍が共同使用している基地なので日米の様々な部隊が混在しています。
海上自衛隊サイドとしては航空集団司令部、第4航空群、第51航空隊などが配置されており、「海上自衛隊の航空機部隊の総本山」的な位置付けです。
アメリカ海軍サイドとしては横須賀を母港とするロナルド・レーガンの艦載機部隊である「第5空母航空団」が駐留し訓練や整備を行う基地となっています。
(※ただしアメリカ軍の対アジア戦略の方針により第5空母航空団の大部分(戦闘機部隊)が岩国基地へ移転を開始。3月末にはほぼ移転が完了しました)


海上自衛隊関連の施設など
 
海上自衛隊の基地と言えば艦船が並ぶ港のイメージが強いですが、厚木は「航空部隊」の基地なので各種航空隊やそれに関係する部隊が配置されています。
各部隊の航空機や装備品は後程改めて紹介するのでここでは割愛させてもらいます。個人的に気になったのが例の新型迷彩服の普及率です。
基地内で見かけた海自隊員の多くが例のデジタルドットパターンのブルー迷彩服を着用してました。実際に基地を見学すると配備が進んでる事を実感しますね。


マッカーサーガーデン
 
1945年に太平洋戦争が終結。荒廃した戦後の日本を統治し復興させる事を目的として1945年8月30日にダグラス・マッカーサーがここ厚木基地に降り立ちました。
このマッカーサーガーデンはそれを記念して作られました。右画像はSNJという練習機で尾翼には「第115早期警戒飛行隊」(VAW-115)のマークが描かれています。


ダグラス・マッカーサーの銅像
 
「連合国軍最高司令官」として日本の戦後処理に当たったダグラス・マッカーサー元帥。台座には「日本の民主々義の生みの親 マッカーサー」という文字が誇らしげに刻まれています。
当時の日本人にとってマッカーサーはどの様な人物に見えたのか? 彼が行った政策に対し人々の反応はどうだったのか? 戦後70年超の現代に生きる自分は価値観が異なるので
当時の人々の気持ちを完全に理解・共感する事は出来ませんが、現代の戦後日本の基礎を築いたのがこのマッカーサー氏なのは事実です。なので改めて敬意を表したい人物ですね。


アメリカ海軍で活躍した航空機たち
 

 
アメリカ海軍の基地なので歴代の艦載機などが展示されています。これらの詳細については装備品展示の紹介で詳しくレポートしていますのでそちらをご覧下さい。


イベント会場への入口
 
入口にはアメリカンテイストの派手なバルーンゲートが設けられてて「ハハッ、やっぱりアメリカ人は風船っぽいのが好きだなー」などと思いながら通過すると
中には立派な鳥居が建ってて「おぉ、鳥居もあるじゃん。日本の和の心だ・・・」と軽く感動したり。日米共同使用の基地なので両国の文化が共存してますね。


基地内の案内図など
 
当初は「岩国基地に比べれば見学可能エリアも限られてるし歩く距離も短いから楽勝だな」と思っていましたが、魅力的な展示品ばかりで見学に夢中になってしまい全然歩が進みません。


広場でイベントを楽しむ来場者達
 

 
アメリカンフードや部隊グッズが販売されライブも行われるなど会場は大きく賑わってて正にフェスティバルって感じ。一方でMPや軍用犬が会場内を常に巡回し厳しい警備が行われていました。
今回の日米親善春祭りの来場者数は約90000人で過去最多との事です。艦載機(戦闘機)部隊の大部分が岩国に移転し展示飛行が行われないにも関わらずかなりの盛況振りです。


基地内にはグラウンドやゴルフ場も
 
基地内にこんな設備まであるとは・・・ アメリカ軍は福利厚生が充実してるな。と言うかコレって海上自衛隊も使用出来るのかな?


道路上にダイレクトに展示されるヘリコプター
 
ヘリコプターがエプロンではなく道路上に堂々と展示されています。更に機体をペタペタと触る事も可能。こういう大胆な所がいかにもアメリカっぽて好きですね。


英語標識が溢れる基地内
 
当たり前ですが基地内は英語の標識だらけ。Yorktown St(ヨークタウン通り)やHalsey Ave(ハルゼー通り)、Navy Gateway Inns & Suites(海軍宿泊施設)などの看板が多数。
これらを見て意味を調べると軽く英語の勉強になりますね。例えば東西方向の大通りがAvenue(アベニュー)で、南北方向の細かい通りがStreet(ストリート)的な意味なのかーとか。


消防車なども展示
 
航空機の事故に備えて立派な消防車が配備されているのも航空基地の特徴。子供向けの放水体験イベントなども行われていました。


魅力的な装備品やイベントが溢れあっという間に時間が経過。この辺でランチタイムにします
 
見学可能エリアの半分程まで進んだ所でランチタイムです。今回のランチはプルドポークバーガー(¥800)とバドワイザー(¥300)です。
プルドポークとは豚肉を低温のオーブンでじっくり焼いて、その肉をプルド(引き割く)したアメリカ南部の伝統的なBBQメニューだそうです。
味の染み込んだ柔らかポークが絶品でした。値段の割にボリュームも満点です。(欲を言えばトマトやレタスのトッピングが欲しかったかな)
ドリンクはバドワイザーを購入。普段はビールってあまり飲まないんですが折角のイベントなので偶にはハメを外してもいいかなーと思って。
(と言うか今回はゲータレードを殆ど見かけませんでした。米軍基地名物なので楽しみにしてたのですが・・・ 自分の探し方が悪かった模様)
こうして美味しいランチを喫食。バドワイザーで酔いが回った為か眠くなったので芝生で軽く昼寝した後に滑走路(展示エリア)へ向かいます。

※余談ですが基地内にはマクドナルドがあり「厚木基地オリジナルのスペシャルメニュー」があるそうです。来年以降に食べてみたいですね。


ようやく管制塔・エプロン・滑走路エリアに到着 (13:15頃)
 
装備品展示の見学や売店でのショッピングで予想以上に時間を費やしてしまいつつようやく管制塔・エプロン・滑走路エリアに到着。ワクワクしながら展示エリアに入場します。



これが厚木基地か! 海上自衛隊とアメリカ海軍の航空機が勢揃いだぁ!

外見、能力、etc・・・ 海軍機は空自や米空軍の機体とはまた違った魅力があるな!

滑走路やエプロンも広いぃぃ! 航空機が余裕を持って運用出来そうだぜ!

約18年振りなので実質的に初めてとも言える厚木基地。配備された航空機の種類、滑走路や格納庫等の基地の構造など新しい発見や感動に溢れててつい興奮してしまいます。


第5空母航空団(CVW−5)の航空機達
 

 
Hey! 関東のAircraft Fan達! ATSUGIのFestivalを盛り上げる為にIWAKUNIから飛んで来たZE!
3月末に大部分が岩国基地に移転した第5空母航空団ですが、今日のイベントの為にわざわざ岩国から来てくれました。Oh! Thank you U.S.NAVY! これらの航空機は装備品展示にて詳しく紹介しています。


今回は”厚木基地そのものを知る”というのが目的の1つなので設備やレイアウトなども細かくチェック
 
航空基地の必須設備である管制塔です。厚木は日米共同使用の基地ですが航空管制は海上自衛隊が行っているそうです。管制塔には海抜標高を示す205FT(約62m)という文字が描かれていました。

そして付近には立派な格納庫が並んでいます。画像の格納庫は管制塔の北側に建っている物でどうも米海軍の航空機用みたいです。戦闘機部隊が岩国に移転したので格納庫の空きが増えてるかも・・・?


エプロンの北側の様子
 
トーイングカーやタラップカー、フォークリフトなど航空機の運用をアシストする車両が並んでいます。これらも重要な装備なので見逃せません。
そして格納庫前では米海軍の各飛行隊がブースを出店して記念グッズ等を販売してました。米軍系のイベントはこういう雰囲気が楽しいですね。


エプロンの北端
 
エプロンや格納庫の使用状況を見ると北側をアメリカ海軍、南側を海上自衛隊がそれぞれ使っているみたいです。ちゃんと区別されてますね。

エプロンの北端にはF/A-18F(VFA-102)が駐機中でした。かつてはこうして米海軍機が並んでる光景が当たり前だったんですよね・・・ もっと早くに見学に来るべきだったと少し後悔。


エプロンの南側の様子
 
管制塔の南側に並んでいるのが海上自衛隊の格納庫です。内部ではC-130RやLC-90が整備中でした。お仕事ご苦労様です。整備の隊員さんは新型のブルー迷彩ではなく従来の青いツナギを着てますね。


海上自衛隊 厚木エアターミナル
 
コチラは海上自衛隊の厚木エアターミナルです。内部には搭乗手続きのカウンター等があり空港みたい雰囲気になってます。なので「もしかして一般人も手続きすれば搭乗出来るの?」と勘違いしてしまったり。

そして建物の反対側(エプロン・滑走路側)は見ての通り綺麗なガラス張り(マジックミラー)になっています。ガラスに写る自分の姿を見て「あー・・・ 今の自分はこういう風貌なのか。・・・太ったな」と再認識したり。


広報資料館
 
厚木エアターミナルの2階は広報資料館になっており厚木航空基地の歴史、航空部隊の任務、運用してる航空機や装備品などが紹介されています。

 
本来ならじっくり見学すべき施設なのですが、この時点(15:30過ぎ)で暑さと疲労がピークに達しつつあって「あ、暑い・・・ ここは厚木じゃなくて暑木や・・・ 汗だくでヤヴァイネン」的な状態で
更に基地内でまだ見学してない場所が何ヶ所かあり時間の余裕も無かったので、展示物を軽く見て回って写真を撮っただけで早々に撤収してしました・・・ 今後改めて見学したい施設ですね。


旧帝国海軍時代の厚木基地の展示など
 
厚木基地の歴史を簡単に紹介すると大日本帝国海軍によって1938年から建設が始まり1942年に完成。厚木海軍航空隊や相模野海軍航空隊等が配置され、首都防衛における重要な基地として活躍していたそうです。
海軍の基地なので零戦や雷電の模型、月光の前縁スラット等が展示されていました。そして旧帝国海軍時代の飛行場の再現模型もあり、当時の敷地面積は1002平方キロメートルで多数の地下施設も存在していました。


大日本帝国海軍基地から日米共同使用の基地へ
  
1945年8月15日に太平洋戦争が終結。厚木航空隊事件など多少の騒動があったものの日本軍の武装解除は着実に進行します。そして8月30日にダグラス・マッカーサー元帥が厚木基地に降り立ちます。
その後の厚木基地はアメリカ軍の管理下に置かれ様々な部隊、装備、人員が駐留する事となります。そして時代によっては朝鮮戦争やベトナム戦争における前線基地もしくは中継基地として利用されました。

そして1971年(昭和46年)からは海上自衛隊が使用を開始。日米共同使用基地という現在の基礎が出来上がります。日本にとっては26年振りの厚木基地という事になります。
その後1973年10月にアメリカ海軍の空母「ミッドウェイ」が横須賀に配備され、それに伴い厚木基地は空母艦載機の陸上運用拠点となります。当時はF−4 ファントムU(※N型やS型)等が飛来していました。
そして横須賀に配備される空母も時代に沿って何度か交代。1991年の「インディペンデンス」配備に伴い厚木基地へF−14 トムキャットが飛来する様になります。航空ファンにとっての黄金時代と言えますね。


厚木基地の今後はどうなる・・・?
 
そんな厚木基地ですが、ご存知の様に2018年3月末に第5空母航空団の中核である戦闘機部隊が岩国基地に移転。現在はヘリコプター部隊が残っているのみでアメリカ海軍の基地としては一気に寂しくなってしまいました。
対して海上自衛隊の基地としては航空集団司令部、第4航空群、第51航空隊等が置かれ海自の航空部隊における重要な基地として戦略的な価値は高いと言えます。米海軍機が移転したので、同基地において海上自衛隊が
使用出来る面積や権限は大きく増えたと予想されます。今後、もし海上自衛隊が”空母”を建造しF-35等を装備すれば厚木基地で運用される可能性もありますね。


一通りの見学を終えて撤収準備
 
米海軍飛行隊の記念グッズを購入したりPXで自衛隊グッズをチェックしながら撤収準備です。今回は基地の見学に重点を置いてたのでグッズの購入はやや控えめとなりました。


最後に友好広場(ALLIANCE PARK)を散策
 
1960年に日米安全保障条約が締結された事を記念して作られた公園です。アトラクションが多数設置され日米の子供が無邪気に遊ぶ姿は正に戦後の日米友好の証といった感じでしょうか。


夕陽に染まるF−14を眺めながら厚木基地にSAYONARA

こうして時間ギリギリまでイベントを楽しみつつ17:30過ぎに基地を退場。何度も述べてますが自分にとっては約18年振りの厚木基地訪問であり、新しい発見ばかりで非常に有意義な体験となりました。
第5空母航空団の大部分が岩国に移転してしまったので以前と比べて寂しくなったのは事実ですが、基地内に残る設備やゲートガード機など「アメリカ海軍の基地」としての雰囲気は十分に楽しめました。
また海上自衛隊の航空部隊の最新状況も知る事が出来て大変勉強になりました。ATSUGI is Good Base of U.S.NAVY & JMSDF!


その後さがみ野駅から電車に乗り本日の宿泊予定地である横浜市へ移動
 
横浜市を選んだ理由は東京・厚木・横須賀の3ヶ所を結ぶ中継点として都合が良かった為です。それと日本有数の”オシャレな港湾都市”として有名な横浜市とは一体どんな雰囲気の場所なのかを知りたくて。

当初は中華街で美味しい中華料理に舌鼓を打とうと考えていましたが、時間や疲労の関係で断念し代わりに駅前の飲食街で油そばを喫食。油そばを食べるのは人生初な気もしますね。中々美味しい品でした。


夕食を済ませた後は事前に予約しておいたカプセルホテル(¥4500)にチェックイン
 
カプセルホテルに泊まるのは今回が人生で初ですね。就寝の為だけの必要最低限のスペースという新しいスタイルに多少の戸惑いもありましたが綺麗にメイクされたベッド、空調管理された静かな室内、
別階に設けられた豪華な浴場など設備は上等で居心地は良かったです。そしてベッド(自分は下段を選択)の雰囲気が自衛艦の2段ベッドみたいで楽しかったです。今後も機会があれば利用したいです。

そしてベッドの上で本日の戦利品を確認。今回はワッペン系をメインに購入しましたね。右画像は「パッチ福袋」と称して¥2000でセット販売されていた物。中身は画像の通りでまぁまぁ当たりの内容かと。


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